私の人生はそれが全てでした。
私を支えてくれている人、そして食べるもの、着る服まで全部当たり前ではないのだと。
そう考えると何かとてつもない加護の上に自分が生かさせて貰っている感謝してもしきれないほどの有り難みに気づきました。
自然界やこの人間社会に関して、誰もこの役割をはたしていないわけではありません。
人間は社会を生きてゆく上で何らかの役割を担って生きて行かなければ自分が苦しくなります。
しかし、何もしない人が役割を放棄しているわけでは実はなくて、そのような人も役割を果していると私は思います。
社会に抵抗して生きるとは、自己に服従せず、他人にも服従せず、常に己との闘いです。
私は長い間それを続けてきました。
全ての既成の価値観を解体して分解してゆく過程はときに真実であり、宗教的です。
つまり我々のリアリティである現実と向き合う過程でのこの精神の葛藤はその人をより深い人間にします。
私は精神的な努力なしに真の美はないと信じています。
私とて人間の男なので綺麗な女性をみれば何か話しがしたいと思います。
しかし、それは私自身の精神が彼女に対して美を見い出しているのに他ならないのです。
人間には承知の通り美を見い出す力があります。
それは精神的なイデアに置いてです。
しかし、この美には秩序があり、また厳しさがあります。
秩序とは、正しさであり、一つが欠けていてはそれは完璧な美とは言えません。
もう一つの厳しさとは人生に置いてと自然界に置いての深淵です。
それには深い孤独と不幸と耐えられない程の忍耐と、この世の地獄と呼ばれる世界からけがれを受け、そのなかから咲いた蓮の華です。
秩序は正しい智慧であり、躰と魂を通しての道徳です。
これが一つに結び付いたとき、計り知れない感動を生みます。
自然発生的に生まれたアンデスの花がこのようであるように、人々は深い智慧を得るために深く生きていて、自分の魂を納得させる為に苦しんでいるのです。
人間の魂に置いて完璧ではないものなどありません。
アンデスの花は神の賜物です。
神は美すらも越えたはかりしれない畏怖すべき存在です。
そして全てはその計画通りに自分の中の宇宙も世の中も進んで行くのです。
自分の中のひかりこそ真実です。
私はカルトまがいの勧誘をしたくてこのようなことを言っているのではありません。
人間は神の胎内にもともと宿っていました。
マイスターエックハルト
自然界は意志と厳しさをもってそのことを我々に伝えています。
動物は人間よりも繊細で人間が忘れてしまった力を持っています。
ですから私自身全ての認識を誤っていました。
いや、今ですら愚かさを積み重ね、罪深い人間ですが、人の中のほんの一部でも仏のあるところ、自分の中のほんの一部の仏を頼りにただただすがりつき己の無力さをしる毎日です。
私はもともと人は無力であると悟ります。
この自然界に置いて。
しかし、厳しさを忘れてはならないのです。
私は毎日それをいい聞かせる必要があるでしょう。
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