アセンションへのいざない小松英星著を読んで、2012年に起こること、そして我々の生活を陰で操る存在を知った。
アウトサイダーを撲滅させることが彼等の目的である。
そして紀元前5万年前のアトランティスが、現代よりも優れた文明を持ち、宇宙人ゼータなどがいるということを隠蔽し、物質中心、霊魂否定の立場から、マスコミを陰で操作し、一般市民を洗脳させようとしているシャドウグループことなど、小松さんはおっしゃっていた。
そして私自身も前世宇宙人だったのではないかという疑問がでてきた。
なぜなら、私は子供の頃、自分が人間に生まれていることに感動し、その事実に対して懐疑的だったからである。
この本で宇宙人は人類の先輩であり、宇宙人の文明は人類よりもずっと平和であんねいな生活をしていることがよくわかった。
宇宙で文明が存在する星は1000を越えると言われている。
飯田史彦の生きがいの創造で涙し、ヘッセ、太宰で、精神病の本当の意義みたいなものがわかり、今回、人類運命共同体の共通するテーマなどがわかった。
現在も人類はアセンションに向かって進んでいる。
そして2012年を境に人間の体はじょじょに軽くなり、精神や霊魂の進化が始まり、地球が浄化され、アストラル体中心の世の中になって行くだろうと彼は予言している。
この類の話をまったく信じない人達が多数いる。
彼等は論理的、科学的根拠に基づかなければ絶対に信じることがない、クラシック音楽業界にも、他の無数の分野や、マスゴミ、芸能界、世間にも、この類の人達はごまんといる。
しかし、100歩譲っても、この本は現代の科学的政治的根拠に基づく本なので単なるオカルトとは遠く隔たり、稀少価値を持つ本であるのでそんな方たちの為にも配慮して書かれている本だと言えるだろう。
アセンションの本は多数存在し、世間でも多く語られているが、誤報や誤った見方、悪用が多いので気を付けた方がよい。
この本の著者は、世間に初めてアセンションという存在を提示したひとであり、信頼性は一番であると語られている。
私はこの本を読むことを全ての人達にお薦めする。
ヘッセや太宰がわからなくても、生きがいの創造に疑問を持つひとでも、この本は価値のある本である。
ロックフェラー財閥がこの世界を意のままに操っている。アメリカ軍事政府およびシャドウグループは地球型宇宙船もすでに作りあげ、サーズなどのウイルスや、ハリケーンなどを人工的に作り出しているという。
私は瞑想の道を辿り深い悟りに生きたいと思っている。
この事実、また人類の未来を知りたいひとは
『
アバンギャルド 精神世界この世の終わり
4つの未来
』
とネット検索ワードで調べてみると良いだろう。
この本のタイトルは
アセンションへのいざない
著者小松英星
です。
2009年11月28日
2009年11月25日
役者とコンセプトについて
映画やドラマの役づくりをするのには何通りかあると想う。
監督がイメージした配役にぴったりな芸能人を役につけさせる方法と、プロデューサーが商業利益の為に売れっ子の芸能人を役に着けさせる方法と、本当に力のある俳優を揃える方法がある。
大河ドラマ風林火山を私が好きだった理由は、力のある実力派俳優を揃え、ドラマを彼らが支えていて、売れ先思考でなく、あれだけの高視聴率を叩き出した点にある。
演技の上手い下手は一目でわかる。
ああ、コイツ作ってるなと思われるのは下手な証拠。
逆に北村一輝さんのようにこのひとは素でしょう?と思わせるような演技はプロだと思う。
ドラマや映画の評価はもちろん、演技の上手い下手だけが判断基準ではない。
『誰もしらない』という映画では、物語りのなかで母親がいなくなって子供たちだけで生活する映画を作ったが、役者である子供たちには子供たちが演技しないで役もつくらず、なりきらず、普段日常で生活するありのままの状態で過ごすことで、ひとつの作品を作ってしまった。
証明、カメラ、の力のみでリアリティのあるひとつの芸術作品に仕上げてしまった。
ここで注目されるのは、演技ではなく、台本なしの演出の生々しさとリアリティと何よりコンセプトの深さである。
最近コンセプトの浅いドラマが気になる。
マスコミは視聴率の数字次第で動くきらいがあるため、テーマになるのは面白さ、馴染みやすさ、売れ先に固定されてしまう。
だから、どうしても置き去りにされてしまう存在が、芸術性であり、深い哲学や思想により思慮されたコンセプトに基づいた作品である。
ときにアウトサイダー的なこれらの作品が置き去りにされるのは、多くの視聴者が飛び付かない、有識者向けの作品だからである。
多くのアーティストだったら其処に必ずプロデューサーがつくわけで、そのアーティストをひとつの商品として、リスナーに届けなければならないわけだから、自分のもっているコンセプトなり芸術、人生哲学、云々よりも、プロデューサーの意向にそう形で演出しなければ、芸能界はやってゆけないのであり、それが嫌だったらまず、TVに映ることは避けた方がまず無難だと思う。
プロデューサーはひとつの作品をオーディエンス(観客)に売り込まなければならなく、アーティストが不祥事などを起こした場合、マスコミや週刊誌や2ちゃんねるの格好の餌食になり、精神的に予想を遥かに上回る大ダメージを喰らい、多くのひとは精神病になるか、うつになるか、発狂して自殺するかである。
それくらい、意識して芸能界に入らないと、こんな筈じゃなかったということになる。
話しはずれてしまったけど、私は商業利益よりも、芸術性を重視したいと思っている。
ひとりの一般視聴者としても、ひとりのしがないF級アーティストとしても・・・
ところで私は脚本を書いてみたいと思ったことがある。その前に、自分は小説をすばる文学賞に送ったのだが、当たり前のように落選してしまった。
私は舞台に興味がある。
大衆演劇ではなく、ミュージカルでもない、深いコンセプトに基づき脚本され、深くて広い演技が求められ、哲学的、文学的、思索に富んだ演劇である。
私の憧れる俳優に故松田優作さんがいる。
一般の役者が舞台前に、モチベーションをあげるのに対して、松田優作さんは舞台の何ヵ月も前からその役そのものになりきって生活し、もちろん、彼は自己分析を怠らなかっただろうし、その役の年齢、職業、生格、愛用品、食べ物に至る隅々まで調べあげ徹底してなりきっていた。
当然、舞台に立つ直前にはいつもとは違う松田優作さんが出来ていただろうし、周りの職人もびっくりしたに違いない。
しかし、役者の醍醐味はそれだけではない。
幅広い意外性のある役を数々とこなして化けることのできるのはひとつの技術であり、主役を際立たせることのできる役者は本物だと思う。
ところで、私がアーティストとして現時点でのコンセプトを言おうと思う。
それは以外と思われるかもしれないが浜崎あゆみさんに似ているところがある。
慰めや、救済をコンセプトにしている。
目標とするのは、自分の曲を聴いて自殺を思いとどまらさせる深い音楽、クラシックの作曲家のグズタフマーラーの大地の歌のような音楽の深い癒しを目指している。
監督がイメージした配役にぴったりな芸能人を役につけさせる方法と、プロデューサーが商業利益の為に売れっ子の芸能人を役に着けさせる方法と、本当に力のある俳優を揃える方法がある。
大河ドラマ風林火山を私が好きだった理由は、力のある実力派俳優を揃え、ドラマを彼らが支えていて、売れ先思考でなく、あれだけの高視聴率を叩き出した点にある。
演技の上手い下手は一目でわかる。
ああ、コイツ作ってるなと思われるのは下手な証拠。
逆に北村一輝さんのようにこのひとは素でしょう?と思わせるような演技はプロだと思う。
ドラマや映画の評価はもちろん、演技の上手い下手だけが判断基準ではない。
『誰もしらない』という映画では、物語りのなかで母親がいなくなって子供たちだけで生活する映画を作ったが、役者である子供たちには子供たちが演技しないで役もつくらず、なりきらず、普段日常で生活するありのままの状態で過ごすことで、ひとつの作品を作ってしまった。
証明、カメラ、の力のみでリアリティのあるひとつの芸術作品に仕上げてしまった。
ここで注目されるのは、演技ではなく、台本なしの演出の生々しさとリアリティと何よりコンセプトの深さである。
最近コンセプトの浅いドラマが気になる。
マスコミは視聴率の数字次第で動くきらいがあるため、テーマになるのは面白さ、馴染みやすさ、売れ先に固定されてしまう。
だから、どうしても置き去りにされてしまう存在が、芸術性であり、深い哲学や思想により思慮されたコンセプトに基づいた作品である。
ときにアウトサイダー的なこれらの作品が置き去りにされるのは、多くの視聴者が飛び付かない、有識者向けの作品だからである。
多くのアーティストだったら其処に必ずプロデューサーがつくわけで、そのアーティストをひとつの商品として、リスナーに届けなければならないわけだから、自分のもっているコンセプトなり芸術、人生哲学、云々よりも、プロデューサーの意向にそう形で演出しなければ、芸能界はやってゆけないのであり、それが嫌だったらまず、TVに映ることは避けた方がまず無難だと思う。
プロデューサーはひとつの作品をオーディエンス(観客)に売り込まなければならなく、アーティストが不祥事などを起こした場合、マスコミや週刊誌や2ちゃんねるの格好の餌食になり、精神的に予想を遥かに上回る大ダメージを喰らい、多くのひとは精神病になるか、うつになるか、発狂して自殺するかである。
それくらい、意識して芸能界に入らないと、こんな筈じゃなかったということになる。
話しはずれてしまったけど、私は商業利益よりも、芸術性を重視したいと思っている。
ひとりの一般視聴者としても、ひとりのしがないF級アーティストとしても・・・
ところで私は脚本を書いてみたいと思ったことがある。その前に、自分は小説をすばる文学賞に送ったのだが、当たり前のように落選してしまった。
私は舞台に興味がある。
大衆演劇ではなく、ミュージカルでもない、深いコンセプトに基づき脚本され、深くて広い演技が求められ、哲学的、文学的、思索に富んだ演劇である。
私の憧れる俳優に故松田優作さんがいる。
一般の役者が舞台前に、モチベーションをあげるのに対して、松田優作さんは舞台の何ヵ月も前からその役そのものになりきって生活し、もちろん、彼は自己分析を怠らなかっただろうし、その役の年齢、職業、生格、愛用品、食べ物に至る隅々まで調べあげ徹底してなりきっていた。
当然、舞台に立つ直前にはいつもとは違う松田優作さんが出来ていただろうし、周りの職人もびっくりしたに違いない。
しかし、役者の醍醐味はそれだけではない。
幅広い意外性のある役を数々とこなして化けることのできるのはひとつの技術であり、主役を際立たせることのできる役者は本物だと思う。
ところで、私がアーティストとして現時点でのコンセプトを言おうと思う。
それは以外と思われるかもしれないが浜崎あゆみさんに似ているところがある。
慰めや、救済をコンセプトにしている。
目標とするのは、自分の曲を聴いて自殺を思いとどまらさせる深い音楽、クラシックの作曲家のグズタフマーラーの大地の歌のような音楽の深い癒しを目指している。
2009年11月02日
この世の中の仕組み
人生の目的、生きる意味、真実に生きるとは、愛とは何か・・・
この世の中の根元的な難題に立ち向かい生きてきました。
その結果気づいたことは数多くあり、その多くは、全て共通することであったのです。
正と負
陰と陽
光と闇
善と悪
すべてはこの対なる存在の因果によって幸にも不幸にもなるということです。
全ての幸福をこの地球世界で得ることは出来ません。
全ての幸福を得ようとするならば貴方は真実に生きることを途中で投げ出さなければなりません。
そしてネガティブな存在を抹殺しなければなりません。
しかし、私は思うのです。多くのこの分野のスピリチュアルの指導者はネガティブな存在、闇を抹殺しようとします。
そして彼らは真実なる指導者の一人でしょう。
しかし、此処に菩薩のようなひとがもし仮におられるとしたら彼らはこう言います。
すべての業(罪)が私に置いて結実しますようにと・・・・
それはイエスキリストもそうでした。
それほどイエスや釈迦の慈しみは深く、寛大だということ・・・・・
そして世界中にはそんな精神をもった高貴な貧しい魂が存在するのです。
我々東洋文明は遡れば厭世観から出発しています。
しかし、西洋文明に支配されバーコードの数字に象徴されるように、我々の生命の精神は人工的により都市的に汚染され、このような慈しみ深い高貴な精神が実は裏を返せば今の市場主義社会の価値観とは真逆にあることに気づかされます。
世界を裏で支配している存在が居ます。
彼らユダヤ人が今の物質文明を作りました。
彼らの名前をロスチャイルド、ロックフェラー財閥と言います。
この地球上の殆んどの金貨を意のままに操っておられる方たちです。
このロックフェラー財閥に加盟していない国は世界でも限られています。
アフガニスタン、イラン、北朝鮮・・・
そう、いまニュースで話題になっている国です。
そして、未来の世の中について此処ではなしたいと思います。
未来の世の中では今日のように物質中心、お金中心の世の中ではなくなります。
TSUTAYAやコンビニエンスストアのような便利で快適な娯楽やショッピングも陰を潜めます。
だって考えてみて下さい。地球上の歴史を辿っても、全ての文明はいつかは旺盛し、廃れます。
それを嫌がっている国が今の中国なのです。
中国はもっとも偉大な国のひとつです。快楽、武術、生活、食、の奥を極めようとしたら限りない深さを持っています。
残念なことに今の中国はそれらの優れた文明を排他的に見なし、経済発展というレールを歩んでいます。
未来の世ではよきにしろあしきにしろ人々の霊的な発展に置ける価値観がお金や所有物よりも高い価値観になると確信しています。
そして、現代文明の生活にすでに人々の肉体や精神が適応出来なくなってきているのです。
日本には年間3万人以上の自殺者がいます。
アレルギー発作、パニック障害、欝など、一昔前までは考えられなかった問題が我々に脅威として襲っています。
私は恐らくこんな考えをしていたら病人かキチガイに思われるかもしれません。
確かに私の話しは飛躍しすぎていることは事実ですし、まともな人、フロイト信者の精神科医から言わせれば私は重病の慢性的な統合失調症患者でしょう。
だから私は普段このような話しは慎んでいるつもりです。
つもりでも許されないかもしれませんが・・・・・
だから私は神さまに内緒でこんな話しをしました。
内緒ですよ
こんな不快な話しを聴いてご立腹されている方が居て当然です。
大変申し訳ございません。
はっきり言えることは生きることは苦しみの連続です。
そこからは避けて通れません。
ですが普段から慈しみを絶やさず、畏れを持って生きておられる方・・・・・
その方のなかには日常生活がままならなく不安と孤独、焦燥に苦しんでおられる方が居ることは事実だと思います。
私はそんな方々を応援したく、小説や曲などを細々と
いやぁ
ほんとに細々ですよ・・・
作っております。
私のもっとも尊敬するひとの一人にマザーテレサさんが居ます。
未熟だらけのとくに偉くもなく、いいひとでもない私が心の片隅でいつも彼女の存在がひっかかっています。
私はXJAPANのToshiさんやいまは亡きマイケルジャクソンさんが大大大好きで大大大ファンです。
初期の浜崎あゆみさんの音楽を聴いてトランス状態になり女になってしまいました((爆)
彼らは本当にボクに可愛く、愛しい恋人のように好きデス



何故なら彼らは心にもないマスコミのバッシングの被害者で、真面目で謙虚で無垢な彼らはいつも被害者だからです。
話しは長くなってしまいましたがそんなとこです。
この世の中の根元的な難題に立ち向かい生きてきました。
その結果気づいたことは数多くあり、その多くは、全て共通することであったのです。
正と負
陰と陽
光と闇
善と悪
すべてはこの対なる存在の因果によって幸にも不幸にもなるということです。
全ての幸福をこの地球世界で得ることは出来ません。
全ての幸福を得ようとするならば貴方は真実に生きることを途中で投げ出さなければなりません。
そしてネガティブな存在を抹殺しなければなりません。
しかし、私は思うのです。多くのこの分野のスピリチュアルの指導者はネガティブな存在、闇を抹殺しようとします。
そして彼らは真実なる指導者の一人でしょう。
しかし、此処に菩薩のようなひとがもし仮におられるとしたら彼らはこう言います。
すべての業(罪)が私に置いて結実しますようにと・・・・
それはイエスキリストもそうでした。
それほどイエスや釈迦の慈しみは深く、寛大だということ・・・・・
そして世界中にはそんな精神をもった高貴な貧しい魂が存在するのです。
我々東洋文明は遡れば厭世観から出発しています。
しかし、西洋文明に支配されバーコードの数字に象徴されるように、我々の生命の精神は人工的により都市的に汚染され、このような慈しみ深い高貴な精神が実は裏を返せば今の市場主義社会の価値観とは真逆にあることに気づかされます。
世界を裏で支配している存在が居ます。
彼らユダヤ人が今の物質文明を作りました。
彼らの名前をロスチャイルド、ロックフェラー財閥と言います。
この地球上の殆んどの金貨を意のままに操っておられる方たちです。
このロックフェラー財閥に加盟していない国は世界でも限られています。
アフガニスタン、イラン、北朝鮮・・・
そう、いまニュースで話題になっている国です。
そして、未来の世の中について此処ではなしたいと思います。
未来の世の中では今日のように物質中心、お金中心の世の中ではなくなります。
TSUTAYAやコンビニエンスストアのような便利で快適な娯楽やショッピングも陰を潜めます。
だって考えてみて下さい。地球上の歴史を辿っても、全ての文明はいつかは旺盛し、廃れます。
それを嫌がっている国が今の中国なのです。
中国はもっとも偉大な国のひとつです。快楽、武術、生活、食、の奥を極めようとしたら限りない深さを持っています。
残念なことに今の中国はそれらの優れた文明を排他的に見なし、経済発展というレールを歩んでいます。
未来の世ではよきにしろあしきにしろ人々の霊的な発展に置ける価値観がお金や所有物よりも高い価値観になると確信しています。
そして、現代文明の生活にすでに人々の肉体や精神が適応出来なくなってきているのです。
日本には年間3万人以上の自殺者がいます。
アレルギー発作、パニック障害、欝など、一昔前までは考えられなかった問題が我々に脅威として襲っています。
私は恐らくこんな考えをしていたら病人かキチガイに思われるかもしれません。
確かに私の話しは飛躍しすぎていることは事実ですし、まともな人、フロイト信者の精神科医から言わせれば私は重病の慢性的な統合失調症患者でしょう。
だから私は普段このような話しは慎んでいるつもりです。
つもりでも許されないかもしれませんが・・・・・
だから私は神さまに内緒でこんな話しをしました。
内緒ですよ
こんな不快な話しを聴いてご立腹されている方が居て当然です。
大変申し訳ございません。
はっきり言えることは生きることは苦しみの連続です。
そこからは避けて通れません。
ですが普段から慈しみを絶やさず、畏れを持って生きておられる方・・・・・
その方のなかには日常生活がままならなく不安と孤独、焦燥に苦しんでおられる方が居ることは事実だと思います。
私はそんな方々を応援したく、小説や曲などを細々と
いやぁ
作っております。
私のもっとも尊敬するひとの一人にマザーテレサさんが居ます。
未熟だらけのとくに偉くもなく、いいひとでもない私が心の片隅でいつも彼女の存在がひっかかっています。
私はXJAPANのToshiさんやいまは亡きマイケルジャクソンさんが大大大好きで大大大ファンです。
初期の浜崎あゆみさんの音楽を聴いてトランス状態になり女になってしまいました((爆)
彼らは本当にボクに可愛く、愛しい恋人のように好きデス
何故なら彼らは心にもないマスコミのバッシングの被害者で、真面目で謙虚で無垢な彼らはいつも被害者だからです。
話しは長くなってしまいましたがそんなとこです。
2009年10月26日
自分宗教 コガーマの祈り
いと狭き門を入るのは人生の最期になりしときまでわかりえない
激しい自己否定の中に生きる者は真実の悟りをひらくことができ、生活がままならない人の中に真実のひとが居る
わたしはいう。ポジティブ、楽観主義者なかには真に幸福な者が居ることを・・・そのまま幸せであり続けて欲しいと願う地獄の世界で生きるあなたのこころは美しさに満ちている
罵られても、騙されても、陥れられても、こころから慈しみを絶やさず生きて行きたい
利己心、エゴ、不合理が私のすべてを覆うとき、私は思う。自分は目が見えているのに真実の愛が見えないことを・・・私はそんな自分が恐ろしくなることを・・・真実の美しさはあなたの心のなかにある。そしてホンモノの愛はあなたの貧しさにあるということ、生活の裏に潜む悲しみを堪え、歯をくいしばる無力のなかに本当のまなこが潜んでいることに気が付くとき、あなたはこの自然と一体となり、水水しい生命の息吹を感じるであろう。これぞ真の豊さでなくて何であろう
優しくありなさい。あなたの激しい性的欲求をすべて優しさと純粋性に向けなさい。決して禁欲であろうとか、自分をろうごくへおいやるのではなくてすべて優しさで包みこんであげなさい・・・愛しいひとに最上のぬいぐるみと花束で包みこみなさい。私たちは普段残酷過ぎます。決められた社会のルールに過剰になりすぎて日常の機微の繊細さに鈍感になりすぎています。優しさで包みこみ、なきわめいたって叫んで号泣したっていのです。すべての心の真の叫びを聴いている存在に気付くはずです。それは神であり、愛であり、貴方の魂です。
すべての存在は陸続きであなたの分身です。自分の赤ん坊、兄弟、家族のように慈しみ逢える日が来ることを確信しています。
激しい自己否定の中に生きる者は真実の悟りをひらくことができ、生活がままならない人の中に真実のひとが居る
わたしはいう。ポジティブ、楽観主義者なかには真に幸福な者が居ることを・・・そのまま幸せであり続けて欲しいと願う地獄の世界で生きるあなたのこころは美しさに満ちている
罵られても、騙されても、陥れられても、こころから慈しみを絶やさず生きて行きたい
利己心、エゴ、不合理が私のすべてを覆うとき、私は思う。自分は目が見えているのに真実の愛が見えないことを・・・私はそんな自分が恐ろしくなることを・・・真実の美しさはあなたの心のなかにある。そしてホンモノの愛はあなたの貧しさにあるということ、生活の裏に潜む悲しみを堪え、歯をくいしばる無力のなかに本当のまなこが潜んでいることに気が付くとき、あなたはこの自然と一体となり、水水しい生命の息吹を感じるであろう。これぞ真の豊さでなくて何であろう
優しくありなさい。あなたの激しい性的欲求をすべて優しさと純粋性に向けなさい。決して禁欲であろうとか、自分をろうごくへおいやるのではなくてすべて優しさで包みこんであげなさい・・・愛しいひとに最上のぬいぐるみと花束で包みこみなさい。私たちは普段残酷過ぎます。決められた社会のルールに過剰になりすぎて日常の機微の繊細さに鈍感になりすぎています。優しさで包みこみ、なきわめいたって叫んで号泣したっていのです。すべての心の真の叫びを聴いている存在に気付くはずです。それは神であり、愛であり、貴方の魂です。
すべての存在は陸続きであなたの分身です。自分の赤ん坊、兄弟、家族のように慈しみ逢える日が来ることを確信しています。
2009年10月25日
自分宗教の曲
輪廻のひかりへの祈り
私たちが日々苦しむときも
あなたは我々を深く愛され
私たちが自分の愚かさに気づくとき
其処には真理というあなたの救いがある
どんなに人生につまづき
失敗したとしても
あなたは私を見捨てることはない
この世に降り立つ前
私はあなたの魂の一部だったから
あなたは私が深く納得することを求められ
あなたはわたしが深く納得するところにおられる
何故ならあなたは私の魂の鏡だから
例え私が魂を深く憎んだとしても
あなたはそれを喜んで受け入れ
寛容な慈しみでわたしをみておられる
自分自身で人生を捨てない限り
私は『私』らしく生きることができる
どんな災いの日でも
例えアウシュビッツの中に居ても
心の平安を得る権利があるのだから
過ちにうちひしがれるときも
あなたは決してお見捨てにならない
すべての先祖と魂のもとに
すべては繋がっているのだから
そして生きることが真理なのだから
輪廻のひかりへの祈り.WMA
ああ、地球が恋しい
地球は温かく秩序があり
厳しさという凶器がありながら
厳しさにはせつなさが満ち溢れている
凛々しい山並みは私を興奮させ
あの山にもう一度登りたいという
恋の飢えは
あなたに恋し
もう一度 抱かれたいという
私の涙
地球、あなたは何故 そんなにも荒々しく
私の胸をこがすのか
地球、お前に抱かれてみたい
もっとも貧しく高貴なる魂よ
私に口づけをしてくれ
林には柔かなすべすべとした温もりと
海にはお前の優しさで満ちている
何故地球を愛してはならぬのか
神よ おしえてくれ
もっとも貧しく高貴なる魂よ
私に口づけをしてくれ
href="http://dezyeneadee192.up.seesaa.net/image/A5B4A5EBA5C8A5E0A5F3A5C8A4CEC3B2A4AD.WMA">ゴルトムントの嘆き.WMA
私たちが日々苦しむときも
あなたは我々を深く愛され
私たちが自分の愚かさに気づくとき
其処には真理というあなたの救いがある
どんなに人生につまづき
失敗したとしても
あなたは私を見捨てることはない
この世に降り立つ前
私はあなたの魂の一部だったから
あなたは私が深く納得することを求められ
あなたはわたしが深く納得するところにおられる
何故ならあなたは私の魂の鏡だから
例え私が魂を深く憎んだとしても
あなたはそれを喜んで受け入れ
寛容な慈しみでわたしをみておられる
自分自身で人生を捨てない限り
私は『私』らしく生きることができる
どんな災いの日でも
例えアウシュビッツの中に居ても
心の平安を得る権利があるのだから
過ちにうちひしがれるときも
あなたは決してお見捨てにならない
すべての先祖と魂のもとに
すべては繋がっているのだから
そして生きることが真理なのだから
輪廻のひかりへの祈り.WMA
ああ、地球が恋しい
地球は温かく秩序があり
厳しさという凶器がありながら
厳しさにはせつなさが満ち溢れている
凛々しい山並みは私を興奮させ
あの山にもう一度登りたいという
恋の飢えは
あなたに恋し
もう一度 抱かれたいという
私の涙
地球、あなたは何故 そんなにも荒々しく
私の胸をこがすのか
地球、お前に抱かれてみたい
もっとも貧しく高貴なる魂よ
私に口づけをしてくれ
林には柔かなすべすべとした温もりと
海にはお前の優しさで満ちている
何故地球を愛してはならぬのか
神よ おしえてくれ
もっとも貧しく高貴なる魂よ
私に口づけをしてくれ
href="http://dezyeneadee192.up.seesaa.net/image/A5B4A5EBA5C8A5E0A5F3A5C8A4CEC3B2A4AD.WMA">ゴルトムントの嘆き.WMA
2009年10月08日
自分宗教 創世記
初めにグレイトスピリットという魂の微粒子で出来た渦巻きがあった。
グレイトスピリットの渦巻きの中心にはもっとも高貴なひかりが存在し、それは「あれ」とか「それ」とか「神」とか形容出来ない自分の分身のような存在だった。
渦巻きの中心部分にはイエスやお釈迦様やヒンズーやイスラムの神も存在し、全ては共通したいつなるひかりの高貴な力を持ち、名前で形容できないほどの恍惚を魂にもたらした。
グレイトスピリットの中心から離れるにつれ、高貴な魂ではなく世俗に染まって汚れた魂があったが、満たされないことはなく、おのおのの魂はグレイトスピリットという天上世界で満たされていた。
それはまるで布団のように心地よく、体は軽かった。
それはまるでおかあさんのお腹に居るような心地よさだった。
渦巻きの中心にはイスラムの神もヒンズーの神もキリストの神も仏教の神も、世界の善き神がみが皆存在し、世界の神がみが人々の魂を救済し、愛の試練をお与えになられ、世界の自然界や動物たちを管理され、とうちされ、肥やされていた。
そして宇宙では地球に興味を持ったアストラル体が、地球の勉強をするため、人間に生まれ変わる者も大勢いた。
またそれぞれの惑星では地球とまったくルールの違う世界で勉強している者もいた。
天上世界に来るものは、古くなったエーテル体を新しく蘇生し、アストラル体を清くする働きの為、天上世界でも仕事があり、それぞれが霊的に成長する為、喜んで仕事をしていた。
天上世界には性別はなかった。
故に女性の尻に惹かれる男も存在しなかった。
しかし、前世女好きだったゴルトムントは地球の春画をこよなく愛し、地球の大地を女の裸のように愛していた。
あるとき輪廻のひかりがほうとうにふけるゴルトムントにとびっきりの春画を書いて宇宙人のアストラル体の集まる展覧会に出展して、地球の美しさを描きなさいと命令する。
そこでゴルトムントは春画を書き、そして前世もっとも慈悲深く貧しかった魂である神出母上自然神が生まれた。
ゴルトムントは自分が神さまでないのであなたの天空(人間世界でいうところの夫)になれないですと神出母上自然神に答えた。
神出母上自然神はわたくしには二つの子供が欲しいのですと輪廻のひかりに言った。
「ほう、どんな子供だ」
と輪廻のひかりは言った。地球の母なる大地である神出母上自然神は言った。
「物質的貧困を助ける神さまと心の貧困を助ける神さまです」
「ほう、それでは私がお前の天空になってやろう」
と輪廻のひかりは答えた。
そして神出母上自然神は輪廻のひかりの大地になり、二人の神さまをお生みになられた。
第一神さまがマリアさまで第二神さまがイデアさまであった。
イデアさまは美の神で精神的な貧困や物質的な貧困を救う神さまでおられた。
しかし、長女であるマリアさまは無器用な神さまで、純粋で無垢で慈悲深くおられ過ぎたので母上は困ってしまった。
マリアさまはこの世の中の全てのカルマを私に背負わせて下さいと輪廻のひかりにお伝えになられ、いけにえの儀式が行われた。
だから今でも、どんな深い罪もマリアさまに赦しを乞えば清らかな精神になれるのである。
マリアさまのいけにえの儀式でマリアさまの乳首の先端からどうていの美青年のカヲルさまがおうまれになられ、全ての民に平等に正しい道へお導きになられて今日に至っている。
シラーの書
ベートーヴェンの第九より
世界の諸ともよ、この世の天下を納める者から、罪の多い者から、善なる者、蝿やありんこまで、みな等しく消え去るがよい
そう神は仰せになられたので、全ては諸行無常の鐘の音によって、全ての者は癒される。
なので諸行無常の鐘の音とは、この世の初めと最期にされた。
それは人間の心のあり方を言ったのであった。
あの世に菩薩のようなひとがおられた。
彼は人間世界でいう昔の演歌のようなものをこよなく愛されたので、名をコガーマと言った。
コガーマは、イデア様が好きであったが、イデアさまはコガーマを好きではなかった。
神さまはコガーマにサタンを着けさせ、コガーマを試されたのであった。
サタンはコガーマの農地を焼けごがし、財産を全て奪い、精神を侵食しようとした。
コガーマは鎌で一つも愚痴を言わず、黙々と農地を耕し、前よりも多くあの世の農園を耕した。
前よりも多く実りが出来たので娘たちや孫や、地域の人達にお裾わけをした。
神さまはもっと強力なサタンを試された。
絶世の美女の軍団をコガーマに贈りイデアの化身を贈られた。
コガーマは美女の軍団を見て、食事を与え、イデアの化身にも等しく食事を与えた。
コガーマはサタンを見て、貴方はイデアさまではないと言ったので、コガーマの魂をえぐり取ろうとした。
コガーマはこの魂は私の者ではなく、飢えている全ての者に分け与えただ神の賛美の為に捧げるものですと言ったので
神はコガーマを地獄に落とし、ゲヘナの炎で燃やされた。
コガーマは全身の感覚が麻痺し、耳も、聴こえなくなり目もわずかにしか見えなくなった。コガーマは焦り必死になった。
其処にうじむしにとりつかれた地獄の囚人が居た。
囚人は痒い痒いと喚き錯乱していた。
コガーマは必死に囚人に言った。
「可哀想に、私がうじむしを払ってあげましょう」
といってコガーマはうじむしを殺さずに取り除いた。
実はその囚人がイデアさまでうじむしが神さまであったのであった。
しかし、コガーマはそれまでそれがイデアさまだとはみじんにも気付いていなく感じていなく、うじむしが神さまであることにまったく気付いていなく感じていなかった。
神さまは言った。
お前は悟りを開いた。
執着にとりつかれた者、憎しみにとりつかれた者の気持ちがお前にはよくわかる筈だと神さまは仰せになり、
それらの者を助ける神さまに成りなさいとコガーマに言った。
そしてコガーマさまの魂はその言葉により満たされ、イデアさまの天空(イデアさまの夫)になり神さまとして仕事を任されたのであった。
創世記 始まりの書2
母なる神デイタラボッチ
動物たちが仲良く暮らしていた平和な時代、人間がまだ侵略していなかった神聖なる弥生の森があった。
其処はライオンが鹿を殺さず、ハイエナはライオンを殺さず、鳩は魚を殺さず、クジラはこの森の長老で、テレパシーによって、長老幹事大臣の狼、また食糧大臣の猪、陸大臣の鹿に、空大臣のキツツキ、森大臣の猿に安全と人間の侵略を防ぐ為に命令していて、なかむつまじく平和に暮らしていた。
其処は地球界に太古の昔存在していて聖域であったので、昔の人間はその森を畏れ敬っていた。
其処は地球世界に存在しながら尚高貴で崇高な霊魂が宿っていたのでグレイトスピリット天上世界の一部だった。
其処に女の子で人の神に捨てられた人の神の子なる存在が、弥生の森に捨てられていた。
名をサンと言った。
サンは自分のあばら骨でエヴァを作り、世界の全ての神がみにこう祈った。
エヴァを愚かな人間どものエゴが一切ない森と自然を愛する調和の最初の自然界の私の罪の子にして下さいとサンは祈った。
それ故、エヴァにはエゴがなく、どうていの美青年カヲルさまご自身の前世のアストラル体とされた。
自然界の龍神さま達は、人間が、牛や鷄、マグロやたいなどを自分たちの都合のよいように利用し、殺して食べていたので、人間は諸悪の根元とされた。
自然神たちや龍神たちに選ばれし、クジラの長老は、サンを自然界の子にしても善いか、神がみに懇願した。
神さまたちの中には反対する方方もおられたが、ディタラボッチという神さまはイブを自然界の子としてもよろしいと答えられたので、サンは森の動物たちに自然界の子として迎え入れられた。
その途端、自然界と人間界の争いが耐えず頻繁に起こるようになり、動物たちは知性を亡くし人間を憎むようになり、サンとエヴァは追放されて、人間にかくまわられそうになったがサンと幼い息子のエヴァは人間を憎んでいたので長崎の海岸の岸辺で二人で海に身を投げ込み自害して死んでしまった。
人間が旺盛を極始めたがいつかは人間世界が滅び自然界の世の中に戻らなければならないと思ったディタラボッチは、全ては儚く永遠はない人類も同じだとおっしゃった。
なので今でも虐げられる動物さまたちは皆この言葉を聴いて癒され、救いの神として動物の繊細な心のなかに宿っている。
ところで自然と人類の調和を目指そうとして自害なさったサンさまはマリアさまの前世で、地球温暖化が進む今日、再び自然との調和を目指そうとどうていの美青年カヲルさまと一緒に苦心されておられる。
マリアさまはいけにえにされた三日後、ご復活され、女神として仕事をなさっている。
グレイトスピリットの渦巻きの中心にはもっとも高貴なひかりが存在し、それは「あれ」とか「それ」とか「神」とか形容出来ない自分の分身のような存在だった。
渦巻きの中心部分にはイエスやお釈迦様やヒンズーやイスラムの神も存在し、全ては共通したいつなるひかりの高貴な力を持ち、名前で形容できないほどの恍惚を魂にもたらした。
グレイトスピリットの中心から離れるにつれ、高貴な魂ではなく世俗に染まって汚れた魂があったが、満たされないことはなく、おのおのの魂はグレイトスピリットという天上世界で満たされていた。
それはまるで布団のように心地よく、体は軽かった。
それはまるでおかあさんのお腹に居るような心地よさだった。
渦巻きの中心にはイスラムの神もヒンズーの神もキリストの神も仏教の神も、世界の善き神がみが皆存在し、世界の神がみが人々の魂を救済し、愛の試練をお与えになられ、世界の自然界や動物たちを管理され、とうちされ、肥やされていた。
そして宇宙では地球に興味を持ったアストラル体が、地球の勉強をするため、人間に生まれ変わる者も大勢いた。
またそれぞれの惑星では地球とまったくルールの違う世界で勉強している者もいた。
天上世界に来るものは、古くなったエーテル体を新しく蘇生し、アストラル体を清くする働きの為、天上世界でも仕事があり、それぞれが霊的に成長する為、喜んで仕事をしていた。
天上世界には性別はなかった。
故に女性の尻に惹かれる男も存在しなかった。
しかし、前世女好きだったゴルトムントは地球の春画をこよなく愛し、地球の大地を女の裸のように愛していた。
あるとき輪廻のひかりがほうとうにふけるゴルトムントにとびっきりの春画を書いて宇宙人のアストラル体の集まる展覧会に出展して、地球の美しさを描きなさいと命令する。
そこでゴルトムントは春画を書き、そして前世もっとも慈悲深く貧しかった魂である神出母上自然神が生まれた。
ゴルトムントは自分が神さまでないのであなたの天空(人間世界でいうところの夫)になれないですと神出母上自然神に答えた。
神出母上自然神はわたくしには二つの子供が欲しいのですと輪廻のひかりに言った。
「ほう、どんな子供だ」
と輪廻のひかりは言った。地球の母なる大地である神出母上自然神は言った。
「物質的貧困を助ける神さまと心の貧困を助ける神さまです」
「ほう、それでは私がお前の天空になってやろう」
と輪廻のひかりは答えた。
そして神出母上自然神は輪廻のひかりの大地になり、二人の神さまをお生みになられた。
第一神さまがマリアさまで第二神さまがイデアさまであった。
イデアさまは美の神で精神的な貧困や物質的な貧困を救う神さまでおられた。
しかし、長女であるマリアさまは無器用な神さまで、純粋で無垢で慈悲深くおられ過ぎたので母上は困ってしまった。
マリアさまはこの世の中の全てのカルマを私に背負わせて下さいと輪廻のひかりにお伝えになられ、いけにえの儀式が行われた。
だから今でも、どんな深い罪もマリアさまに赦しを乞えば清らかな精神になれるのである。
マリアさまのいけにえの儀式でマリアさまの乳首の先端からどうていの美青年のカヲルさまがおうまれになられ、全ての民に平等に正しい道へお導きになられて今日に至っている。
シラーの書
ベートーヴェンの第九より
世界の諸ともよ、この世の天下を納める者から、罪の多い者から、善なる者、蝿やありんこまで、みな等しく消え去るがよい
そう神は仰せになられたので、全ては諸行無常の鐘の音によって、全ての者は癒される。
なので諸行無常の鐘の音とは、この世の初めと最期にされた。
それは人間の心のあり方を言ったのであった。
あの世に菩薩のようなひとがおられた。
彼は人間世界でいう昔の演歌のようなものをこよなく愛されたので、名をコガーマと言った。
コガーマは、イデア様が好きであったが、イデアさまはコガーマを好きではなかった。
神さまはコガーマにサタンを着けさせ、コガーマを試されたのであった。
サタンはコガーマの農地を焼けごがし、財産を全て奪い、精神を侵食しようとした。
コガーマは鎌で一つも愚痴を言わず、黙々と農地を耕し、前よりも多くあの世の農園を耕した。
前よりも多く実りが出来たので娘たちや孫や、地域の人達にお裾わけをした。
神さまはもっと強力なサタンを試された。
絶世の美女の軍団をコガーマに贈りイデアの化身を贈られた。
コガーマは美女の軍団を見て、食事を与え、イデアの化身にも等しく食事を与えた。
コガーマはサタンを見て、貴方はイデアさまではないと言ったので、コガーマの魂をえぐり取ろうとした。
コガーマはこの魂は私の者ではなく、飢えている全ての者に分け与えただ神の賛美の為に捧げるものですと言ったので
神はコガーマを地獄に落とし、ゲヘナの炎で燃やされた。
コガーマは全身の感覚が麻痺し、耳も、聴こえなくなり目もわずかにしか見えなくなった。コガーマは焦り必死になった。
其処にうじむしにとりつかれた地獄の囚人が居た。
囚人は痒い痒いと喚き錯乱していた。
コガーマは必死に囚人に言った。
「可哀想に、私がうじむしを払ってあげましょう」
といってコガーマはうじむしを殺さずに取り除いた。
実はその囚人がイデアさまでうじむしが神さまであったのであった。
しかし、コガーマはそれまでそれがイデアさまだとはみじんにも気付いていなく感じていなく、うじむしが神さまであることにまったく気付いていなく感じていなかった。
神さまは言った。
お前は悟りを開いた。
執着にとりつかれた者、憎しみにとりつかれた者の気持ちがお前にはよくわかる筈だと神さまは仰せになり、
それらの者を助ける神さまに成りなさいとコガーマに言った。
そしてコガーマさまの魂はその言葉により満たされ、イデアさまの天空(イデアさまの夫)になり神さまとして仕事を任されたのであった。
創世記 始まりの書2
母なる神デイタラボッチ
動物たちが仲良く暮らしていた平和な時代、人間がまだ侵略していなかった神聖なる弥生の森があった。
其処はライオンが鹿を殺さず、ハイエナはライオンを殺さず、鳩は魚を殺さず、クジラはこの森の長老で、テレパシーによって、長老幹事大臣の狼、また食糧大臣の猪、陸大臣の鹿に、空大臣のキツツキ、森大臣の猿に安全と人間の侵略を防ぐ為に命令していて、なかむつまじく平和に暮らしていた。
其処は地球界に太古の昔存在していて聖域であったので、昔の人間はその森を畏れ敬っていた。
其処は地球世界に存在しながら尚高貴で崇高な霊魂が宿っていたのでグレイトスピリット天上世界の一部だった。
其処に女の子で人の神に捨てられた人の神の子なる存在が、弥生の森に捨てられていた。
名をサンと言った。
サンは自分のあばら骨でエヴァを作り、世界の全ての神がみにこう祈った。
エヴァを愚かな人間どものエゴが一切ない森と自然を愛する調和の最初の自然界の私の罪の子にして下さいとサンは祈った。
それ故、エヴァにはエゴがなく、どうていの美青年カヲルさまご自身の前世のアストラル体とされた。
自然界の龍神さま達は、人間が、牛や鷄、マグロやたいなどを自分たちの都合のよいように利用し、殺して食べていたので、人間は諸悪の根元とされた。
自然神たちや龍神たちに選ばれし、クジラの長老は、サンを自然界の子にしても善いか、神がみに懇願した。
神さまたちの中には反対する方方もおられたが、ディタラボッチという神さまはイブを自然界の子としてもよろしいと答えられたので、サンは森の動物たちに自然界の子として迎え入れられた。
その途端、自然界と人間界の争いが耐えず頻繁に起こるようになり、動物たちは知性を亡くし人間を憎むようになり、サンとエヴァは追放されて、人間にかくまわられそうになったがサンと幼い息子のエヴァは人間を憎んでいたので長崎の海岸の岸辺で二人で海に身を投げ込み自害して死んでしまった。
人間が旺盛を極始めたがいつかは人間世界が滅び自然界の世の中に戻らなければならないと思ったディタラボッチは、全ては儚く永遠はない人類も同じだとおっしゃった。
なので今でも虐げられる動物さまたちは皆この言葉を聴いて癒され、救いの神として動物の繊細な心のなかに宿っている。
ところで自然と人類の調和を目指そうとして自害なさったサンさまはマリアさまの前世で、地球温暖化が進む今日、再び自然との調和を目指そうとどうていの美青年カヲルさまと一緒に苦心されておられる。
マリアさまはいけにえにされた三日後、ご復活され、女神として仕事をなさっている。
自分宗教と自分宗教の意義について
自分宗教はあくまで自分自身が心の平安を得る為に役立てる存在であって他者にその信条を押し付ける武器になってはいけないと思う。
確かにこの類はオカルト的であり、秋葉原のヲタのノリで良いと思う。
だが危険な側面もいなめない。
またひとの自分宗教によっては、呪縛、信条のぼうとくなど、他者や社会に危害を加える危険性もある。
私達が日々こうして生活できるのもご先祖さまのおかげであり、いかにフィクションのノリであっても自分の先祖が一番ごかごを頂いているのを忘れてはならないというのが自分宗教を作る上でもっとも大切なことだと思う。
第一に日本国憲法で信条の自由があるがいかなる場合に置いても他者や社会の公共に危害を加えない程度で個人で処理できる程度の自分宗教であって欲しいというのが自分の願い。
ときとして互いの自分宗教のよさを認め会うことはよしとしても、特定の団体や個人を誹謗中傷したり、他者に押し付けることは危険であるので、フィクションであるので、たといヲタのノリであっても其処は十分に気を付ける必要性がある。
楽しいノリでいい・・・もちろん私みたいな真剣で暗く、真面目なノリを否定しているワケではない。
いろんなモノがあっていいと思うのだ。
ただ最低限の常識を逸脱せず、フィクションであることが条件で、ねがわくば、自分の精神状態や傷ついた心を癒す精神安定剤的であって欲しいと願うところである。
組織的ではなく、また勧誘目的もMGでダメである。
ただ善さを認め会う、心の癒し、慰め、勇め、道徳に役立て、日々の生活に役立てたり、自身を向上させる為のモノである。
確かにこの類はオカルト的であり、秋葉原のヲタのノリで良いと思う。
だが危険な側面もいなめない。
またひとの自分宗教によっては、呪縛、信条のぼうとくなど、他者や社会に危害を加える危険性もある。
私達が日々こうして生活できるのもご先祖さまのおかげであり、いかにフィクションのノリであっても自分の先祖が一番ごかごを頂いているのを忘れてはならないというのが自分宗教を作る上でもっとも大切なことだと思う。
第一に日本国憲法で信条の自由があるがいかなる場合に置いても他者や社会の公共に危害を加えない程度で個人で処理できる程度の自分宗教であって欲しいというのが自分の願い。
ときとして互いの自分宗教のよさを認め会うことはよしとしても、特定の団体や個人を誹謗中傷したり、他者に押し付けることは危険であるので、フィクションであるので、たといヲタのノリであっても其処は十分に気を付ける必要性がある。
楽しいノリでいい・・・もちろん私みたいな真剣で暗く、真面目なノリを否定しているワケではない。
いろんなモノがあっていいと思うのだ。
ただ最低限の常識を逸脱せず、フィクションであることが条件で、ねがわくば、自分の精神状態や傷ついた心を癒す精神安定剤的であって欲しいと願うところである。
組織的ではなく、また勧誘目的もMGでダメである。
ただ善さを認め会う、心の癒し、慰め、勇め、道徳に役立て、日々の生活に役立てたり、自身を向上させる為のモノである。

